詩人河村さんのこと(河村悟個展に寄せて)

遥かなるグノーシス

河村さんに最初に会ったのは、確か1994年の秋、福岡博多、中州川端にあった地下の小さな画廊だった。河村悟、九州初上陸!「単眼祭」と名打たれたポラロイド作品、立体による、氏の個展会場でだ。

 

東京から来られた方で、当時、ネット内に宇宙論を学ぶ学校を立ち上げていた半田広宣氏の友人だった。会場には同じく氏の友人、小野満麿さんも同行されていた。河村さんの作品を最初に見た時「これは北方系の方の作品だ…」と思った。色合いが九州人のそれとは全く違うからだ。

人の色彩感覚は、その人が生まれた風土で全く異なる。遥か昔の予備校時代に、隣の教室でデザイン科志望の生徒が色彩構成の課題をやっていたのだが、北は北海道から南は鹿児島まで全国から集まっていた。

 

そのクラスの作品を一同に見ると、九州など南国出身者の色合いは、例えば梅原龍三郎に代表されるように、原色に近くカラフル、太陽が燦々と輝く世界の色合いだ。かたや、東北北海道出身者は宮沢賢治の絵とかもそうだが、水墨画に近い微妙な濃淡の渋い色使い。ラテン系の九州人等にはまね出来ない大人っぽい感性だ。その時、人の色合いはその人が育った風土の色だと確信したのだった。

抑えられたトーンに彩られた作品群は、モルタル打ちっぱなし(だったと思う)の都市空間に、実に良く馴染み、作品の見せ方も見事という他なかった。しかし、河村さんの希有な魅力は、その作品だけには全く留まらない。まず何よりも、時代を横超した原初の光から止めどなく流出する、イマジネーションが結晶化した言葉を、中世の錬金術師のように自在に紡ぎ出せる力だ。

 

その、いにしえからの該博な叡智に感光した言葉の数々に、魅了されずにいることは難しい。そしてそれらは、芸術、哲学、宗教、経済といったジャンルを越えた連続レクチャーで、ポエトリー・リーディングで、評論で、海外でも注目される作品集にて、余すことなく表出される。

 

詩人、画家、夢蒐集家である河村さんの語る宇宙は広い。古代エジプトのヘルメス文書エメラルド・タブレットからの引用があると思えば、古代ギリシャ、プラトンの『アトランティス』或は、グノーシスの文書『ナグ・ハマディ文書』、つまりキリスト教を「顕教」とするところの「密教」的古代神秘思想から、新プラトン主義、ユダヤのカバラ神秘思想、ボヘミヤの森での中世ヨーロッパの神秘精神史から、シモーヌ・ヴェイユフランツ・カフカヴォルター・ベンヤミンロートレアモンアルトナン・アルトーマルグリット・デュラスボルヘスから、或は、レヴィ=ストロースジル・ドゥルーズフェリックス・ガタリ等のフランス現代思想から、或は、J・G・バラードアーシュラ・K・ル=グィン等のSFの彼方から、ピエール・クロソウスキーの貨幣経済から、土方巽、舞踏論から、はたまた、梅図かずお、『わたしは真悟』まで…。いや、もっとあるハズ、自分が把握しきれてるのがこの程度というだけだ。止む事がない比類なき活動!

 

21世紀の澁澤龍彦瀧口修造とでも呼ぼうか…、さらに舞踏もやられる氏は、そのルーツを60年代の同じ北方派、暗黒舞踏の土方巽に遡る。

 

その年の最初の秋風とともに福岡にやって来た河村さんは、あたかも、その季節になると何処からともなく街の郊外にやって来る魔術団のように、あっと言う間にあたりの人々を魅了させ、その自在な叡智で釘付けにし福岡の街に台風のような嵐を起こした。

 

河村悟氏の全活動の通低に脈々と流れるその該博な叡智は、古代アレキンドリアに端を発し、あらゆる時代のあらゆる歴史の底流に光芒を放ちながら横超して行った叡智(グノーシス)だ。

 

河村さんが福岡にいた時代に、河村さんと共に時空間を共有し、河村悟に魅了された人たちは、往々にしてそう思ったことだろう。曰く、いにしえからの呼び声、懐かしい感覚、自分の中のDNAにあるグノーシスが、氏の言葉を通して共振し始め、そして思い出す。そう、文字通り「Re-menber」になるのだ。ああ自分はそれだったのだと…。

 

 


河村さんと最後に会ったのは、村上春樹が『海辺のカフカ』という作品を出した1年後、2003年の夏の終わり頃だったと思う。近くの図書館にいち早く予約しておいたので、お陰で最初に読む恩恵に預かっていた。その面白さ、完成度もさることながら、フランツ・カフカに精通していて、当時福岡の、海辺の別荘のような古風で素敵な家に住んでいた河村さんのことをどうしても思わざるを得なかった。そういうわけで友人のSクン等と福岡の『海辺のカフカ』を訪ねて行った。

 

「“海辺のカフカ”って、河村さんのことだね~、でも、素敵なタイトルだよね」という話もしつつ、その日の午後は音楽を聞きながら別荘の庭の植木を植え替えたりした。夕方から河村さんを囲んで、河村さんが語る、あらゆる時代のあらゆる逸話に自分たちは聞き入って週末の夜を過ごした。

 

その1年後には、河村邸に一緒に行ったSさんが、最初に応募した小説でいきなり講談社の群像新人文学賞を獲り、その後東京へ行った。河村さんも街へ来た魔術団がそうであるように、或る日、海辺の家を去り京都へ行かれた。以来、河村さんとは会ってはいない。

 

 

 

“天才”は忘れた頃にやって来る。その深紫色の美しい本は、2006年の秋が始まる頃、突然自分のアパートに飛来して来た。河村悟詩集、『黒衣の旅人』 発行は[書肆あむばるわりあ]、四国にあるようだ。奥付を見ると、初回限定五百部の通しNo.22、 河村さんの新しい詩集を贈呈されてしまったのだった!送り元は香川県の全く知らない女性の方、Yさんからだ。カバーには河村さんのなじみの書体でのサイン入りだ。いやはや、さてどうしたものか…。

 

『海辺のカフカ』には、読んだ方はご存知のように、15才の少年が四国の香川県に旅する話なのだか、そこで「甲村記念図書館」という架空の素敵な場所が出て来る。「この本は、あの、甲村記念図書館から送られて来たに違いない…」現実と幻想の境界が自分の中でゆっくり融解していく心地良さに身を委ねながら、自分の中ではすっかり甲村記念図書館である[書肆あむばるわりあ]の、Yさん、それと河村さん宛にお礼の手紙を書いたものだった。

 

[書肆あむばるわりあ]という不思議な名前は、西脇順三郎の詩集

『Ambarvaria』(昭和8年)に由来する。Yさんがお好きのようすだ。その後、手紙でYさんと少しやりとりさせて頂いた。『海辺のカフカ』の甲村記念図書館のことを書くと「…そうですね、当たらずも遠からずです。」と応えて頂いたの覚えている。

 

たまたまその頃、四国の金刀比羅宮に行くことになって、Yさんにそれ以外の近郊の見所をお尋ねしたら、空海発祥のお寺で有名な善通寺のことを詳しく書いて頂き、ネットからの情報も何枚も送って頂いた。お陰で金刀比羅宮と善通寺に行けた。四国から戻った後、お礼の手紙は出したと思うが、Yさんには一度も会ってない。

 

その時書いた詩集の感想は、少し推敲のち、河村さんが「ネットのアマゾンの書評に載せたよ〜」というお手紙を頂いた。未だネット環境でなかった自分は何のことがさっぱりだった。ネット環境になった今、やっとその意味が判った。全国に紹介されるなら、もっとより良い文章にすれば良かったと思ってる。河村さんの熱心なファンは世間に多いハズ。その方たちに恐縮である。

 

 

 

「いかがお過ごしですか? 白鳥をお見せしたい」河村拝

 

 

つい最近届いた、今は東京にいる河村さんからの、個展の案内に同封されていたメッセージだ。京都時代からもだったが、その後、いつも近況がほんの少し書かれた個展の御案内を頂く。自分は遠くて一度も行ってないのだが、それでも何時も送って頂く。全く恐縮である。

 

河村さんは、友達をとても大切にされる方だ。何かイベントをやる時もスタッフを最後まで凄く大事に扱われる。遥か西果てに棲む、かような自分にもいつも手書きのメッセージを送って頂く。見習うべき沢山の事に気付かせて頂いた。何も出来ない自分だが、せめてココから河村さんの個展の案内をしたい。場所は東京銀座なので、首都圏、あるいはそちらへ行かれる方、御興味お時間、おありの方、良かったらどうぞお出かけ下さい。

 

 

 

  ★河村 悟 [白鳥捕り 2012]展 ポラロイド作品集成

   2012年3月10日(土)〜3月27日(火)まで

 

  ★朗読イヴェント「詩はまた昇る 犬と狼の時刻」

  2012年3月11日、17日、18日、20日、24日、25日

  開演:17:00   2000円 (1drink 付)

 

    場所:東京都中央区銀座1−9−8 奥野ビル605  画廊香月

   13:00〜19:00 (火・水 休廊)

  電話:03−5579−9617

 

 

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河村さんからの便りを見ると、福岡の、あの夏の終り、海辺の別荘の庭を思い出す。あの時植え替えたツツジは今、あの、海まで数十歩という庭にちゃんと育ってるだろうか…。

 

image of Gnosis  BGM:Mike Oldfield /『Argiers 』(1993)

 

あらゆる事物はライプニッツのいうように、記憶をもっていないとすれば、その事物たちの存在は、わたしたちにわたしたちじしんを思い出させるためにこの世にやってきたのだ。  

                           河村 悟

 

image of Gnosis  BGM-2 : Vangelis /『Come To Me』(1995)

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