夏の終わりの小さな旅

初秋御見舞い申し上げマス。
 

 2013年の夏もアッという間に逝ってしまいましたが、皆様におかれましてはどんな夏だったでしょうか? トニカク暑かったデスネ! 素敵な思い出が出来た人も、そうでなかった人も、ともあれ、なんとか乗り越せた自分を褒めてあげたいところデス。よくぞ生き延びたものだと。
  

   2013年の夏の終わり、自分は過去のとある地点への小さな旅に出た。亡くなった友人の仏前を参るため、彼の実家がある熊本まで行ったのだ。
 

  その友人T君は、自分の短い大学時代からの知り合いだった。T君の死を知ったのは数年前の秋の終わり、T君の御家族から送られて来た簡単な喪中葉書でだ。自分はその頃、親の介護に追われる日々でお悔やみの挨拶のタイミングを失っていた。それがいつしか今日まで至っていた。そのことが心の隅でずっと気になっていたのである。
 

 この夏のお盆の終わり、自分はこのことと向き会おうと、ずっと持っていた喪中葉書から、勇気を出して何十年か振りにT君の御実家に電話した。「…今さら何なんですか!」等と云われやしまいか?  そういう懸念も大いにあったが、気分は Better late than never !
  

 電話口から聴こえて来たのは、若い頃、Tの家に遊びに行ったきり何十年振りに聴くT君のお母様の優しい声だった。突然で申し訳ないこと、自分が亡きT君の学生時代の友人で、御実家にも昔、数回遊びに行った事のある者であること、御無礼をしていたこと等を話し、近いうちに仏前に御挨拶に行きたいことを述べた。幸いにもお母様は私を憶えてお出でで心良いご返事を戴いた。
 

 かくして夏の終わりの過去への小さな旅が始まった。

 


 熊本県北部、その街のJR駅に降り立ったのは、ゆうに約30年振りだった。午後1時、昔と変わらない広い駅前のロータリーは静かで人影はなく、晩夏の陽が射す白い風景が広がっていた。どこかジョルジュ・デ・キリコの絵のような「広場の孤独」的光景。夢に出て来る街のようだ。
 

 タクシーで予め用意した地図を元にT君の実家へと向かう。T君の実家は、かつて遊びに行った場所から別の所に引っ越している。なので初めて向かうのだ。少し迷ったが、程なく通りの奥の閑静な場所にお母様が出て待っておられた。恐縮である。
 

 まず何より、挨拶が遅れたことを深くお詫びし、T君のお話を伺う。ピュアでナイーブで大変に優しかった彼は、大学時代以降は少し精神的に病むところがあって、故郷の熊本に戻り実家から福祉作業所に通ったりしていたようだ。薬の副作用もあったのか病院で急死したとのことだった。
 


 海外文学や宇宙に興味を持ち、中でもイギリスの天文学者でSF作家のフレッド・ホイルを敬愛していた。また、岡田史子という詩的で難解?な漫画家が好きで、プログレッシヴ・ロックを愛していた。彼とは好きな世界が似ていたので、大学後も手紙や音楽カセットテープ等を何度もやりとりし、互いに読んだ本のことや宇宙のこと、気に入った音楽や本の話を交換していた。
 

 その後の自分は、この3次元で生活して行くことが精一杯で、そういう最中に掛かって来る彼の夢想的な話の電話には、興味はあっても時にはついて行けないこともあった。そっけない対応で終わった事もある。
 

 だが、こんなに早く逝ってしまうなら、もう少し丁寧に話を聴いてあげれば良かったと思う。自分たちが興味を持ってる世界は、世間全体から見れば少数派なので、未だネットもない当時、同好の志は貴重な存在だった。T君にとっての自分は、話を聴いてくれる数少ない友の一人だったのだと思う。
 

 大学後、実家にいるT君を訪ねた際、彼から紹介を受けた友人に、現代美術家のIさん、それに旅が好きなどこかヒッピーの香り漂うTOクンがいた。この2人も自分から見るとモノスゴク(人間が)出来ていた人たちで、何時も優しく微笑み、人なつっこく友愛に満ちた人たちだった。願わくば、ずう〜と友人でありたいと思っていた。
 

 しかし、不思議なことに彼等2人もそれぞれ別の理由で若くして急死してしまった。つまり自分が若い時に知り合った熊本の3人の友人は、全て天上界に逝ってしまったのだ。そのこともあってか、Tの死と向き合うのには少し時間が掛かった。

 


   「僕とあなたはこの広い宇宙で出会いましたね」「今は時間と空間について考えています」折々に飛来するT君からの手紙や葉書には、彼の好きだった理想郷や宇宙哲学とも言うべきもののイメージの片鱗で溢れていた。

 

    今、T君が生きていたら、話したい宇宙のことは沢山あるのだが…。

 

 「ストレンジさん…ようやく気付いたようですね。そうです、宇宙の中に私が在るのではなく、私の中に宇宙が在ります。一人一人がかけがえのない尊い宇宙なのです」と、天上から彼の声が聴こえて来そうだ。そばのIさんやTOクンも寛いでいる様子。「まだ3次元に居るのかい…?」

 

 そうだね。もう少しこちらで色々経験するよ。ありがとう、友よ、また会おう!

 


 短い時間ながら、お母様とT君を偲び、仏前を御参りし、おいとまさせて頂いた。帰りの駅までの道は少し歩いて見たくなった。途中にある菊池川は、肥沃な風土を育み、緑豊かな田園風景を形づくっている。快晴の空に川岸の方から少しだけ乾いた涼しい風が吹く。「ああ〜今年の夏も終わるのだな…」と思う。

 

 T君もいつも見ていたであろう、あたりの緑光る牧歌的風景を同じように自分も見て、フト気付いた。

 

「・・・ハージェスト・リッジ(※) のような絵が描ければ最高です」

 

 生前の彼の葉書にあった言葉だが、ああ〜T君、君の内なる理想郷「ハージェスト・リッジ」は、もともと此処にあったんじゃないかと。自分は何だか妙に安心した気分で帰路に就いた。

 

    夏の終わりの菊池川河口、あたりには牧歌的な風景が広がる。
    夏の終わりの菊池川河口、あたりには牧歌的な風景が広がる。

 

 

 

付記:今回の旅の発端には、図書館にリクエストして読んだ、村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が、チョット影響した。読んだ人は判るかと思う。

 

 

 

 (※)「ハージェスト・リッジ(Hergest Ridge)」

 1、英国の音楽家、マイク・オールドフィールドの初期アルバム題名。副題は「夢と幻の地平線」2、英国、ウェールズ州とヘアフォードショア州の境界にある実在する地名。

 

 

 

Requiem 1『ハージェスト・リッジ』(Mike Oldfield 1974)

Requiem 2 『シネマショウ』(Genesis 1973)

 本日のご訪問ありがとうございます。良い事がありますように!

 

 


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