伝説のヒッピーに会いに行く

     ナーガ&内田ボブ Poetry&MusicLive 2014九州巡礼ツアー in 福岡 (筆者撮影)

     ナーガ&内田ボブ Poetry&Music Live 2014

 いつも手作り感一杯の葉書が来る。
 いつも手作り感一杯の葉書が来る。

「元気ですか? 今年もナーガ&ボブ、ふたりしてやって来ます。都合つけば、ぜひ!」

今年10月頃、このようなメッセージの葉書が飛来してきた。差出人は、福岡市中央区警固(けご)にある、老舗のネパール家庭料理店「マイティガル」の女将、Y子さん。11月に同店で催される、日本最後の伝説のヒッピー、ナーガ(長沢哲夫)さんと、内田ボブさんの、Poetry&Music Live 2014 秋の九州巡礼ツアーの案内葉書だった。

         

          マイティガルでの再会


Y子さんは、高校時代の同じクラスの同級生。2008年の冬、同じく「マイティガル」で催された、「あがた森魚惑星漂流60周年全国ライブ」を観る為、誘って頂いた友人(Kさん、その節は有り難うございました!)と共に初めて訪れた。入口で、ライブのお代を担当の女将と思われる方に払おうと、顔を見て、お互い「おおおおおぅ~~」と2回も奇声を上げた。廻りにいた人たちは何のことなのか当惑気味だった。自分たちはその時、約27年振りに劇的に再会したのだった。

約27年前の1981年、Y子さんと自分は、互いに佐世保に居て、市内のBというカフェで、彼女はバイト、自分は彼女の紹介で、その店に来る店舗デザイナーの方から、新しくオープンする別のカフェRの、壁画の仕事を依頼され描いた事がある。その後すぐ、自分は再び東京に行ったので、彼女があの後どうしたかも知らない。

まさか、ネパールの人とご結婚されて、もう何年も前から福岡でお店を開いておられるとは! そうとは知らずに訪ねて行って、こうやって再会するとは! 人生はしんどいことも多いのだが、絶望しない程度に、こういう楽しいサプライズも配置されている。神の計画は全く良く出来ている。

そういう経緯があって、その後は時々メールや手紙のやりとりをしていた。ナーガさんとボブさんのポエトリーライブをやってることもそれで知り、数年前から毎年案内を頂いていたのだが、昨年までは都合でどうしても行けなかった。物事には適切な時期というものがあるのだろう。 『アイ・アム・ヒッピー』が再販されて1年後の今年の秋、日本最後の伝説のヒッピーに、やっと会いに行けた。

 


        ナーガ&内田ボブ in マイティガル


11月4日(火)の夜19:00前、自分はようやく「マイティガル」に到着。場所は以前に一度来て知っているのだが、晩秋の黄昏はすぐ暗くなる、久し振りの夜の都会で、雑踏を少し迷ってしまったのだ。「あ、◯◯クン(自分の名前)来てくれてありがとう!」Y子女将が言う。

このイベントに興味を持ってくれそうな福岡及び近郊の友人たち数名を選んで、ライブのお誘いを、あらかじめメールにてご案内していたのだが、そのうち、市内に住む約25年来の友人、Mさん夫妻が、すでにお店に来てくれていた。「やぁ~ご無沙汰です。今日はどうもありがとうございます!」

自分はY子女将に、このM夫妻をご紹介する。M夫妻、今は、お2人とも立派な社会人でいらっしゃるのだが、若い頃は、お2人でインドに1年間も行っておられた。元はヒッピーなのだ。自分は福岡時代、何回も遊びにおじゃまさせて頂き、色々お世話になった。(Mさん夫妻、その節はありがとうございました!)

Mさんから、『アイ・アム・ヒッピー』の著者である、故・ポンさん(山田塊也氏)と、インドで会った話等を聞いてる側で、ライブの準備をしておられるナーガ&ボブさんの姿も見える。そう広くない会場なので、演奏者とお客の距離はモノスゴク近い。最前列の場所となった自分の位置からは1、5mも離れてない。このあたりが大会場では味わえないライブの魅力だと思う。

連休明けの平日の夜という、少々きつい日程とはいえ、お客さんはそこそこ集まって来た。客層は大きく2つ、かつてのヒッピーのことを知ってる自分より年上の世代の人たち、もうひとつはヒッピー・ジュニア世代とでもいうのか、若い世代のひとたちだ。このあたりも興味深い。皆でざっと10数人という感じだろうか。アジア時間なのか19時半頃になって、ようやく内田ボブさんの歌からぼちぼち始まった。


ボブさんのギター1本での歌は、ナーガさんの詩にボブさんがメロディーをつけたものも多く興味深い。反原発の歌もいくつかあった。見た目、お年に見えるボブさんだが、ナーガさんよりは10才若い62才。ボブさんのホームぺージを拝見させて頂いて知ったのだが、15才の時に旅に出て部族に出会っておられる。すぐ側で聴いてると、この方は本当に歌うのがお好きなのだな~と言う感じが伝わって来る。元気な力も伝わって来る。世界中を旅し歌って来られた御様子、お客さんを楽しませる配慮にも安定感があり、老練な感じだった。


ナーガさんのポエトリー・リーディング(詩の朗読)は、朴訥な感じで始まって行った。御歳72才、日本最後のヒッピーもけっこうなご年齢だ。これまでの長い人生の間に書かれた沢山の詩から、今宵の為に選ばれた詩が、おごそかにマイティガルの空間、福岡の夜に放たれる。この方も本当に詩が好きなのだな~という感じが伝わって来る。静かな気配の方なのだが、そこは1967年の「部族」の新聞を編集し「部族宣言」文を書かれた方。つねに日本のヒッピー・カルチャーの中心におられた方だ。その奥には何人も敵わない不動の意志のようなものを感じた。

ボブさんのライブとナーガさんの詩の朗読が2~3セットだったか行われ、最後は御両人で、歌のセッションという流れだった。

 

 

           ▼ナーガ&内田ボブ in 福岡(於 : マイティガル)筆者撮影

         

    無題

 

    あるようにある

    この今 ここで

    何もさがさない

    何も求めない

    何もなくしてはいないのだ

    この今をいただきましょう

    あるようにある

    このままに

    

    『地球によりかかり笑ってます』(SPRASH  WORDS  2014 より

 

 

     ぼくらは地球を愛しているか

    地球がぼくらを愛しているほどに

 

    この小さな土の上に

    この小さな緑の中に

    ぶらぶら行こう

    思い おだやかに

    わずかな物を手に

    この小さな土の上に

    この小さな緑の中に

    ぶらぶら行こう

    心静かに

    心軽やかに

 

    水も空気も地球のもの

    この血も肉も地球のもの

    この息 この心も地球のもの

    気をつけろ

    原発でさえ地球のもの

    殺しまくるミサイルも

    そっと息をひきとる鳥たちも

    砂漠をわたるコガネ虫たちも

    雪の下に眠るネズミたちも

    どかどかと走りすぎていく車たちも

    ほえまくる電車たちの黄色い眼も

    高層ビルを埋めつくすコンピューターたちも

    銀河系の渚をころがる

    青い火のかたまりの

    地球のもの

    ぼくらは地球を愛しているか?

    地球がぼくらを愛しているほどに

 

    『足がある』(SPLASH WORDS 2011より)

   

     


       伝説のヒッピー「ナーガ」さんと話す

 

 

程よい時間にライブ&リーディングは終了し、その後は、ボブさん、ナーガさんをテーブルに囲んで、詩集にサインを頂いたり、思い思いにご両人とお客さんが会話を楽しむ時間があった。
       
自分は、その日その場所で、同級生Y子さんと友人M夫妻と共に、伝説のヒッピーライブを間近に体験出来ただけで、かなり満足していたのだが、Y子女将が、「ナーガ、この人が、◯◯クン(自分の名前)私の高校の時の同級生なの、数年前、ここで突然会ったのよ、良かったら一緒にお話して~」と、まるで、親戚の叔父さんを自分に紹介するように、ナーガさんを促す。

驚いた自分だが、さらに慌てたのは、なんと、ナーガさん自らが、まるでその親戚の人の良い叔父さんという体で、テーブルの向こう側から、わざわざ自分が居るこちらの方へおこしになられるデハナイカ!信じられない!

 あせった!伝説のヒッピー!日本最後の元祖ヒッピーが、目の前だ!思えば45年前の1969年、あのアダマさんのギター以来、ずぅ~と気になり憧れ続けていたヒッピーへの思いが走馬灯のように…アドレナリンが一気に分泌し脳内シナプスが光速で明滅する!あわわわわ~!!!

「はじめまして…」と穏やかな物腰のナーガさん。
「は、はじめまして!」もちろん立ち上がり挨拶!緊張しまくりの自分!

「自分は………」一体何を喋ったか忘れたが、憧れつづけたヒッピーへの積年の思いを、このブログシリーズのような流れで簡潔に、しかし怒濤のように喋ったと思う。そして、今日この場で、初めてお会い出来たことへの感謝の気持ちも、忘れずに伝えたと思う。

国分寺の「ほら貝」へも行ったことを話すと、「ほら貝、行かれましたか」と、にこやかにあいづちを打たれた。ナーガさんは、自分の側にいて自分の話をちゃんと聴いて頂いたと思う。夢のようなひとときだった。

ナーガさんが住んでおられる諏訪野瀬島の、過酷な自然環境についてお聞きした。というのは、同じような活火山がある島、伊豆大島に行った時、感じたものがあったからだ。

 

島には殆ど土というのがなく、あるのはスコリアという多孔質の固い石のかたまりか、それらの粒だらけ。水はけは良いが土地としての栄養には乏しい。従って稲作は出来ない。

 

「スコリアをご存知ですか…、そうなんですよ、過酷な環境です。」トビウオ漁をやっておられるので、その事について尋ねれば良かったのかもしれないが、自分は舞い上がっていたのだと思う。そんなことより、以下のような質問をぶつけてみた。

「お仲間であられた、ナナオ・サカキさんも、山尾三省さんも、そして昨年『アイ・アム・ヒッピー』のポンさんも、他界されました。当時のことを最も良く知るという意味では、ナーガさんが「最後のヒッピー」ということになりますね。今、ご自身の後に続く若い世代の人たちに、最も言いたいことは何ですか?」と、真っ向から尋ねて見た。

その発端から現在まで、ずう~とムーブメントの渦中におられ、ある意味、理論的中心人物の一人だったと思うナーガさん、頭脳だけでなく実践もされて来られた方だ。

「俺たちは実際にやって来た。あらゆる時間、あらゆる場所で経験して来た。おまえらは何だ!何もしてはいない、何も動いてはいない。そこからは何も生まれない!」

などと、怒濤のキビシイ言葉が返って来そうだ。来てもおかしくはない。なにせ相手は議論などこれまで何千回も、たぶん場数を踏んで来ておられるだろうし、さらには理念も実践して来られた強者だ。この場が最悪、議論のケンカになってもそれはしょうがない! と、自分は何処かで腹を括っていた。

あまりにストレートな質問に、ナーガさんは当惑、苦笑されたようだった。しかし、自分の質問はジョークではない。ナーガさんの回答を、宿題を忘れて廊下に立たされた生徒のように、少し気まずい感じで待っていたように思う。あたりのなごやかな会話が一瞬、自分だけ聞こえなくなった感じがした。

「…今、私が一番言いたいことは、この詩(詩集)です」と、暫くの間の後、ナーガさんはおっしゃる。そうして、ライブ前に入手し自分の手元に置いていた、ナーガさんの最近の詩集を指し示された。

「私には詩しかありません」…正確ではないが、そういうニュアンスのことを、謙虚に、無駄のない言葉で、誇りを持っておっしゃった。

自分は、入手したナーガさんの最新詩集『地球によりかかり笑っています』(SPRASH WARDS  2014 )の最後の頁に、ナーガさんから、サインと「花をなめ 風につぶやく いのちは笑っている」という言葉を戴いた。

 
「 そうかぁ〜、詩なのか…。」

キビシイ言葉が返って来るかと覚悟していたが、見事に肩透かしを食らった。

ナーガ(長沢哲夫)さんは、故・ナナオ・サカキ氏、故・山尾三省氏ともに、アニミズムの詩人として知られている。なんとなく、南の宮澤賢治といった趣もある。

45年前から何故か気になりつづけたヒッピー、その最後の人とやっと出会えた。その方は、静かなアニミズムの詩人だった…。(シリーズ最終回につづく!)

 

       ▼ナーガ氏の詩集(クリックで拡大)

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